TOPへ戻る>>水曜どうでしょうのページへ




こうして私はどうでしょうバカになった

〜サッカーとどうでしょうの意外な接点〜


横棒



どうでしょうを知ったきっかけ

さて、まず北海道の一ローカル番組に過ぎない水曜どうでしょうという番組をどうやって関東は群馬の私が知ったか。

時を遡ること、もう7年前程になるでしょうか。
当時まだまだサッカーファンとしてひよっこ(今成人したかといえばそうでもないかも)だった私は、これまた普及し始めてまだ間も無いインターネットでいろいろとサッカー関連のページを物色していたどこにでもいる20代の青年でした。(今もどこにでもいる30になったばかりの中年候補ですが)


サッカーファン伝説のページ「イヤな目」

そのページの中で、サッカーファンならかなりの人が見た事があるであろう、「やまかんさん」という方の「Jリーグを100倍イヤな目で見る方法」というHPがあり、今で言うブログや観戦記ページのはしりのページだった。

そのやまかんさんの書き連ねる、まさに歯に衣着せないその観戦記やコメントが書き連ねられたそのページはおそらく全国のサッカーファンの間でこれからも語り継がれる伝説のページになるだろうと私は勝ってに思う。
応援しているチームはジェフ市原(その後ヴェルディに傾いたかな?)でありながら、毎年降格争いを繰り広げるジェフに対し、イバラのムチのような叱咤(激励はあまりない)をし、自分のチームの弱さを自嘲気味に語る。

しかしその陰にはチームへの深い愛と悲哀が込められており、マスコミやサッカー紙などではとてもお目にかかれないその本心からの魂の文章は非常に胸を打たれ、共感した。

残念ながらこの伝説のページはやまかんさんの御結婚などの事情により昨年2005年7月をもって閉鎖となったが、私が今こうしてサッカーの観戦記を書くに至ったのも、このやまかんさんのページの影響を多分に受けての事であり、いつかこういう文章を面識のない大先輩やまかんさんへの敬意を表し自分のHPに書いておきかたかった。


もう少し「イヤな目」について

全然水曜どうでしょうの話から逸れるけど、もう少し書くと、このイヤな目のページの名物コーナーとして、J1リーグ全チームのシーズン前後の総評と、なんと全選手に対しての選手名鑑があった。
そう、幅広く、長年Jリーグをみてきたやまかんさんだから書ける、この圧倒的な分量の選手紹介ページは圧巻だった。

 我が群馬関連では、マリノスのDF松田は井原らと共に「削り3兄弟」と評され、元横FのMF山口素弘は「中盤で3人分くらいの守備の効果がある」と評され、私が応援する平野は「変人(特殊な左を持つという意味を含め)」と評された。
良いコメントもあれば悪いコメントもあり、その全てが面白かった。

その全チームの選手紹介はまさしく全チームのファンの支持を受け、自分のチームの選手達はどのように評されるか、毎年シーズンオフにはこの名物コーナーが楽しみだった。

いつか自分もこのような幅広いページでも書ければ、、、そうは思うが、そのあまりのボリュームの多さに自分では無理だろう。

やまかんさんはこの余りのボリュームの維持を諦め、結婚を機にHPを閉鎖した。
全盛期の、花のある内に引退する、一流のスポーツ選手の心意気そのものだ。

だから私はHPの運営に際し、あまり背伸びはせずに、結婚しても子供が産まれても持続できるよう、本当に細々と細く長く継続できたらと思う。
そうしてやまかんさんの遺伝子を受け継いでいきたい。


いったいどんな番組なんだ?

さて、そんなHP「イヤな目」のトップページは、当然最初の方に観戦記やら、Jリーグ選手名鑑やらのコーナーが連なるわけだが、一番下に行くとHTBのマスコットキャラであり、同時にどうでしょうのマスコットキャラである「Onちゃん」と共にどうでしょうコーナーが併設されていた。

その中でのどうでしょうの紹介は鮮烈なものであり、確か以下のような文章だった。

「たった2人のローカルタレントと2人のディレクターがあてもない旅を続ける。
その過酷な旅に対し2人のタレントは不満や不平、恨みの言葉をたれながら、その心底やつれた表情を隠そうともしない。」


・・・いったいどんな番組なんだ?と思った。
当時、ちょうど旅ものといえば猿岩石などで有名となった電波少年のヒッチハイクで大陸横断などがあったが、それと同じような企画をなんと北海道のローカルTVでやっているとは凄いものだと感じた。

それの再放送が千葉や神奈川の方の地方局では流れているとあり、まだまだ全国には群馬も含め難視聴区域があり、全国どこでもどうでしょうを見られるようにしよう、という運動のためにHPに書いていたようだ。

敬愛するそのHPで紹介されたその文章は鮮烈に記憶に残り、いつかどうでしょうを見てみたいと思うようになった。



いち早くチェックしていた嫁

そして嫁もまた、私と知り合う前からこのどうでしょうを知っていた。
インプレスなどのネット上では一部無料でどうでしょうの番組を見る事ができ、それを観たのだ。

その中で私は未だ見た事がない”カナダでカヌーにのりユーコン川を下る”、という企画をネットで視聴し、嫁はどうでしょうファンになった。

その後私と嫁の2人は知り合い、交際が進み、結婚となったが、その結婚したての頃に嫁はどうでしょうって番組がある、という話をしだした。

私は驚いた。
あのどうでしょうという番組の名称がまさか嫁の口から出るとは。

ああ、名前は知っているよ、という私の回答に対しやはり嫁も驚き、それなら今出ているDVD「ベトナム縦断」を見てみようかとなった。

当時ほとんどDVDを買った事が無く、正直4000円は高いと感じていたが、あのどうでしょうを見られるのならばとりあえずは買ってみようかとなった。
やはり嫁が事前にどうでしょうを観て、その面白さを知っていたことが大きい。


最高傑作「ベトナム縦断」

ベトナムは鮮烈だった。

そもそもこのDVDにしか入っていないオープニングの前枠からして既に面白い。

「このDVDは4時間あります。御健康のためにも決してぶっ続けで見ないで下さい」
大泉さん達は爆笑しながらこうコメントした。

そして6年間のレギュラー番組の総決算にして最終回企画のこのベトナムは、最初から最後まで腹がよじれる爆笑シーンの連続だった。

なんといっても、全くシナリオがないその原付カブでのベトナムでの走行は、ただ単にカブで走るだけにも関わらず次から次へとハプニングが続出。

「いや〜ベトナムさんは凄いな〜。次から次へと隠し玉を出してくるもんな〜」

原付に乗りながら大泉さんは思わずこう呟いたほどだった。

やはりこのベトナムは観てほしい。まだ観ていない人は人生の財産を一つ逃しているようなものだ。


広まったきっかけはなんとコンサド−レ札幌

ところで一介のローカル番組であるどうでしょうがこれだけ全国に広まったきっかけは、実はサッカーにある。

どうでしょうの総本山、札幌にはJリーグチーム「コンサド−レサッポロ」がある。

このコンサド−レファンが全国でアウェイの応援に行った際に、他のサポと交流を深める中で北海道に非常に面白い番組があるという事でアウェイに行く際に、また郵送などで録画したビデオを貸したりした事がきっかけとなったということだ。

タレントの1人である鈴井さんは自他共に認める大のサッカーファンであり、この情報をいち早く知っていた。

案外どうでしょうとサッカーには関連性がある。

実はハマる理由としてもどうでしょうとサッカーというシナリオが無いという相関性があるのかもしれない。


一生どうでしょうバカ

こんなどうでしょうの番組にハマっているファンに対し、チーフディレクターの藤村さんは「バカ」と称する。

バカな自分達が作ったこんなバカな番組を好きになるなんて、見ている方もバカだと。
阿波踊りの踊る阿呆に見る阿呆と同じ原理だ。

藤村さん達スタッフはファン達に対し深い愛を持ってバカと呼ぶ。
そして全国のバカをまるで自分達の家族のようにいとおしむ。

そんな思いから今でも毎日どうでしょうの公式ページではバカ共に向けられた日記が綴られ、掲示板では投稿されたコメントに全て目を通し全てに対してではないが返事が書かれる。


レギュラー番組は終えたが、そんなどうでしょうファン、どうでしょうバカのためにも「一生どうでしょうします」とスタッフ陣は宣言し、実際にまだまだどうでしょうは続いている。

私達夫婦もどうでしょうが続く限り、一生どうでしょうバカでいつづける事だろう。




(2006.5.27UP)






TOPへ戻る>>水曜どうでしょうのページへ


inserted by FC2 system