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天使
横浜FLUGELS消滅への軌跡


横棒

1998年10月29日、そのお昼のニュースはあまりに突然だった
JリーグチームAS横浜FLUGELS解体・・・!!??
バブル崩壊のあおりを受け、建設業界は淘汰が進み、FLUGELSのメインスポンサーである「AS」の「S」、佐藤工業はもはやFLUGELSを支援できない、そのため「AS」の「A」、ANA(全日空)は新たなパートナーを捜しているという情報は確かにそれまであった。
そしてどうやら新たなスポンサーが見つかりそうだという情報もちらほら流れた中、あまりの突然の悲報だった。

ANAはサポータ側に一切の事前通知、相談もなしに一方的にFLUGELSの消滅を通告したのだった。
いや、ANA側の言い分は消滅ではなく、あくまで同じ横浜に拠点を持つ、FLUGELS最大のライバル、横浜マリノスへの合併という説明だった。FLUGELSの誇り高き「F」という称号をチームの真ん中に入れ、新たなチームとして生まれ変わる「横浜・F・マリノス」を今後も変わらず応援してくれと・・・

馬鹿を言っては困る。
サッカーの世界において、同じ町に拠点を持つチーム同士の戦いは常に”ダービー”と呼ばれ、当時のJリーグではFLUGELSとマリノスの戦いが唯一にして絶対的なダービーだった。
その横浜ダービーでは常に横浜国際や三沢の競技場はほぼ満員となり、互いに負ける事のゆるされない死闘を繰り広げてきた。
そんな最大のライバル、にっくきマリノスに吸収、そしてサポータどもは黙ってそのチーム応援しろだと???

世間やサポータ達が大騒動となる中、リーグ戦は当然変わらずに進行し、発表からわずか数日後の11月1日からFLUGELSの1試合1試合を乗り越えるような死闘がはじまった。

11/1 セレッソ戦 7−0
11/4 広島戦 2−1
11/8 福岡戦 2−1
11/15 札幌戦 4−1

とてもサッカーに集中できる状況ではない中、しかし選手達は最高のプロ意識をみせ、リーグ戦の残り4試合を全勝で終えた。

リーグ戦を終え、既成事実を盾にチーム解体はあっという間に形成づくられる。
主力選手達の移籍先もちらほら決まりはじめる。
いろいろな思いが交錯する1ヶ月が過ぎた。

そしてFLUGELS最後の戦いとなる天皇杯。
トーナメントである天皇杯では1試合でも負けた時点で戦いは終わる。
つまり、いつがFLUGELSの最後の戦いになるか、この試合なのか、次の試合なのか、はたまた決勝なのか、各試合の最後のホイッスルが吹かれるまで分からない、文字通り明日をも知れぬ戦いが続いた。

12/13 3回戦 大塚戦 4−2
12/20 4回戦 甲府戦 3−0
12/23 準々決勝 磐田戦 2−1
12/27 準決勝 鹿島戦 1−0
99年 1/1 決勝 清水戦 2−1

当時3強と呼ばれた磐田、鹿島、清水相手に圧倒的な気迫で勝り、サッカーファンの間でこれからも未来永劫語りぐさになるであろう、奇跡の優勝を果たした。

消滅が決定してから無傷の9連勝、そして優勝。
Flugel(翼)を持った誇り高き白き軍団は、その純白の翼を汚す事を誰にも許さなかった。

なんだ?優勝したらどうするんだ?3月に行われるJリーグ優勝チームとのゼロックススーパー杯には誰が出るんだ?その後も天皇杯優勝チームは日本一のチームとして日本の代表としてアジアウィナーズカップに出なければいけないが、どうするんだ?
もしかしたら、そういう試合では臨時にFLUGELSの選手が各チームから集まって、その試合だけ臨時でチーム組むのか?
そんな冗談すら友達との間では交わされたが、なんのことはない、その後の試合は全て準優勝チームの清水が代行して出場した。
つまり清水にとって決勝の結果はどうでもよかったって事だ。優勝でも準優勝でも、優勝と等しい権利を得る事がはじめから決まっていたのだ。

やはり全てがおかしい。
日本一の称号を得たチームがその後の権利を全て放棄しての解散。
本当の吸収合併ならその権利は横浜・F・マリノスが引き継いでもいいはずだ。

つまるところ、やはりチームは消滅したという事実だけが残った。
吸収でも何でもない。サッカー協会はそれを認めたということだ。



FLUGELSは最後に我々サポータ、ファン達に最後の贈り物をしてくれた。
最後の決勝、99年元旦、私は国立でその栄冠を自分の目で見られた事だけでも救いだった。
ゴール裏に陣取った大勢のサポータ達はお返しにこの試合限定の歌を送った。

〜プレゼント〜
原曲;JITTERIN' JINN

「あなたが私にくれた物 ロシア生まれの大男
あなたが私にくれた物 ブラジル生まれのサンパイオ
あなたが私にくれた物 ドイツ生まれのエンゲルス
大好きだったけど 合併するなんて
大好きだったけど 最後のプレゼント
BYE BYE FUCK YOU 全日空
サヨナラしてあげるわ」

そう、自分はこのチームからたくさんのものを受け取った。
自分はFLUGELSファンで本当に良かった。
そしてこれからもFLUGELSファンであることに誇りを持ち、ファンであり続けよう。


既に世の中に存在しないチームなので、私は自分の事を”元”FLUGELSファンと呼んでいる。
しかしFLUGELSは永遠に自分の心の中に存在する。
だから自分はFLUGELSファンであり続ける事ができる。

FLUGELSがくれたプレゼント、白き翼を胸に抱き・・・


最後の天皇杯優勝
最後のフィナーレとなった天皇杯優勝にて
(1999.1.1)





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